財産分与をしない・放棄する合意の注意:後から請求できるか
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財産分与を「しない」と決めること自体は、夫婦の合意でできます。民法768条は、財産分与をまず夫婦の協議で決めるものとし、協議が調わないときに家庭裁判所が関わる仕組みにしているからです。ただし、一度書面にした「しない」「放棄する」「ほかに請求しない」は、後から取り消しにくくなります。ここでは、決める前に確かめることと、清算条項が何を終わらせるのか、請求の期限とどう関係するのかを順に整理します。
「しない」と決められるのはどこまでか:先に押さえる3点
- 財産分与は協議で決めるのが出発点です。 民法768条1項は、協議上の離婚をした者の一方が相手方に財産の分与を請求できると定め、2項は、協議が調わないとき家庭裁判所に協議に代わる処分を請求できるとしています。「分けない」という結論も、協議の結果としてありえます。
- 「しない」の範囲は書き方で決まります。 「現金だけ分けない」のか、「財産分与の全部を終わらせる」のかで、後から言える範囲が大きく変わります。
- 期限と放棄は別の話です。 家庭裁判所に請求できる期間(離婚の時から5年)が過ぎたことと、合意で請求しないと約束したことは、別々の出来事です。
司法統計年報(家事編)令和7年(2025年)の第27表では、調停成立または調停に代わる審判で終わった「離婚」事件23,261件のうち、財産分与の取決めがあったのは8,605件でした。筆者の計算では37.0%で、残りの63.0%は取決めの記載がない事件です。理由は表からは読み取れないので、「分けないのが普通」という意味には読めません。
「しない」と決める前に:場面別の確かめどころ
財産分与をしないと考える理由は、人によって違います。理由ごとに、先に確かめておきたいことを表にします。
| 場面 | 先に確かめること | 渡す先 |
|---|---|---|
| 分けるほどの財産がない | 通帳・保険・車・退職金見込みを一覧にして、本当にないか見る。相手名義の財産も含める | 財産分与の対象になる財産・ならない財産の早見表 |
| 相手の財産が分からない | 開示を求める手続(家庭裁判所の情報開示命令)がある。分からないまま「しない」と書かない | 財産分与で隠し財産が疑われるとき |
| 早く離婚したいので譲る | 譲る代わりに何を得るか(親権、養育費、親子交流の取決め)を同じ書面に書く | 離婚協議書の書き方 |
| 家のローンが残っている | 名義とローンの名義人、連帯保証人は離婚で自動的には変わらない。家の扱いを決めずに「しない」と書かない | 住宅ローンが残る家の財産分与 |
| 浮気した側として断る | 慰謝料を請求される側でも、財産分与は別の請求。何を何に含めて終わらせるかを書面で分ける | 浮気した側も財産分与を受けられる? |
どの場面でも共通するのは、財産の一覧を先に作ることです。一覧がないまま「しない」と書くと、自分が手放す財産の大きさを知らないまま約束することになります。
清算条項とは:書いた瞬間に何が終わるのか
離婚の合意書によく入る清算条項について、日本公証人連合会は「当事者間に、公正証書に記載した権利・義務関係のほかには、何らの債権債務がない旨を当事者双方が確認する条項」と説明しています。つまり、書面に書いたもの以外は、お互いに請求しないと確認する条項です。
この条項があると、書面に書き漏らした財産や、その時点で知らなかった財産も、「ほかに請求しない」の中に入るおそれがあります。民法695条・696条は、互いに譲歩して争いをやめる合意(和解)が成立すると、後から反対の確証が出ても、その合意で決まった権利の帰属は動かないものとしています。示談書や協議書の合意がこの和解にあたる場合は、「後で財産が見つかったから話し直したい」とは言いにくくなります。
範囲を限る書き方の例を挙げます。一般的な形の例なので、実際の書面は弁護士や公証人に見てもらってください。
文例:「甲及び乙は、別紙財産目録に記載した財産について、本書面により財産分与を終了したことを確認する。」 文例(広い書き方の注意):「本書面に定めるほか、名目の如何を問わず互いに何らの債権債務がない」
前者は目録の財産に限った終了、後者は財産分与以外の請求も含めた終了と読まれる余地があります。どちらを選ぶかで、後から言える範囲が違います。
後から請求できるか:期限の数え方と合意の効力
財産分与を家庭裁判所に求められる期間は、2026年4月1日の改正で変わりました。
| 離婚した日 | 家庭裁判所に請求できる期間 |
|---|---|
| 2026年4月1日以後 | 離婚の時から5年 |
| 2026年3月31日以前 | 離婚の時から2年(改正前のまま) |
2年の人も、2024年10月24日以降に離婚していれば、2026年10月24日の時点ではまだ2年を過ぎていません(筆者の計算。裁判所のページは、離婚した日の翌日から起算するとしています。2024年10月24日の離婚なら、2026年10月24日が最後の日です)。期間が残っているなら、離婚後でも財産分与請求調停を使えます。申立ての流れは財産分与請求調停の流れ:離婚後に申し立てる方法と費用にあります。
では、放棄の合意をした後に請求できるのか。条文に「放棄の合意の後でも請求できる」という定めはなく、個別の結論は弁護士の仕事です。ここで言えるのは、後から話が動くかどうかを分ける材料です。
| 材料 | 見方 |
|---|---|
| 書面の文言 | 「別紙目録の財産」に限った終了か、「名目の如何を問わず債権債務なし」か。広いほど後から動かしにくい |
| 合意の時に知っていた財産 | 一覧に載せて合意したのか、相手の財産を知らないまま合意したのか |
| 合意に至った事情 | 民法95条は錯誤、96条は詐欺・強迫による意思表示を、一定の場合に取り消せるとしています。どれに当たるかは事実次第 |
| 期限 | 家庭裁判所に請求できる期間(離婚から5年、2026年3月以前は2年)が過ぎていないか |
合意書を作る前なら、この表の上から順に潰しておくのが一番安全です。すでに署名した後なら、書面と財産の資料を持って、早めに弁護士へ相談してください。
書面にする前のチェックリスト
- 夫婦それぞれの財産(預貯金、不動産、保険、車、退職金の見込み、借入)を、名義を問わず一覧にする。
- 相手の財産に不明な点があれば、開示を求める方法を調べてから結論を出す。
- 「しない」の対象を、財産分与だけにするのか、慰謝料や養育費の話まで含めるのか決める。含めないなら、書面にその旨を書く。
- 養育費は、子や親の事情が変われば協議や調停で変更を求められます。日本公証人連合会は、「一切は解決済み」という趣旨の条項を入れても、将来の事情の変動による給付の変更を一切させない効果まではない、と説明しています。財産分与の放棄と混同しない。
- 書面案ができたら、弁護士に条項を見てもらう。費用と頼み方は財産分与を弁護士に頼むとき:費用と頼んだ方がよい場合で比べられます。
- 費用を抑えたいときは、法テラス(日本司法支援センター)のサポートダイヤル 0570-078374(平日9時〜21時、土曜9時〜17時)で、相談先を案内してもらえます。
財産分与の基本や全体の位置づけは財産分与とは?対象・割合・請求の期限(離婚から5年)の基本を整理で読めます。
よくある質問
Q. 「財産はいらない」と口頭で伝えただけでも、放棄したことになりますか?
口頭の約束だけでは、いつ・何を・どこまでやめると言ったのかが残りません。後でお互いの記憶が食い違うと、話し合いのやり直しになります。「しない」と決めたなら、対象と範囲を書いた合意書に残しておくのが基本です。書き方は[離婚協議書の書き方:浮気の慰謝料・養育費・財産分与の条項の例](/rikon-kyougisho/)にまとめています。
Q. 浮気をした相手の財産分与を断る代わりに、慰謝料をなしにしてもらえますか?
財産分与と慰謝料は別々の請求で、どちらをどう扱うかは夫婦の合意で決めます。ただし、一方をやめる代わりにもう一方も終わらせる形の条項は、範囲が広くなるので、書面にする前に弁護士に見てもらうのが安全です。二つの関係は[浮気した側も財産分与を受けられる?慰謝料との関係の整理](/bunyo-uwaki/)で説明しています。
Q. 離婚してから5年以上たってしまいました。財産分与は諦めるしかありませんか?
民法768条2項は、家庭裁判所に分与を求められる期間を離婚の時から5年(2026年3月31日以前の離婚は2年)としています。この期間を過ぎると、家庭裁判所の手続は使えません。相手が任意に応じるかどうかは別の話なので、状況を持って弁護士に相談してください。
出典・参考にした公的な情報
- 民法 第95条・第96条・第695条・第696条・第763条・第768条(e-Gov法令検索)(デジタル庁)
- 離婚の公正証書(清算条項・住宅ローンが残る家のQ&A)(日本公証人連合会)
- 財産分与請求調停(裁判所)
- 司法統計年報(家事編)令和7年 第27表(裁判所)
- 民法等の一部を改正する法律(父母の離婚後の子の養育に関する見直し)について(法務省)
出典の確認日:2026-10-23。制度や受付条件は変わることがあります。手続きの前に、各窓口の最新の案内を確認してください。
この記事は一般的な情報で、個別の法律判断・医療的な診断をするものではありません。